當光寺住職のコラム
えとき布教

去る11月11日から16日迄、本願寺築地別院に於いて報恩講法要が勤修されました。
その内、11日から14日迄の4日間に亘り『御絵伝』の「えとき布教」がおこなわれました。御絵伝は本願寺3代目の御門主「覚如上人」が、親鸞聖人御往生から三十三年目にその御生涯を絵巻物として制作され『本願寺聖人親鸞伝絵』と名付けられました。
この絵巻物の覚如上人の長男存覚上人が絵の部分を取り出して掛け軸にしたのが『御絵伝』であり、文章をまとめたのが、『御伝鈔』です。
『御絵伝』は報恩講をお勤めする折に余間に御安置され、當光寺でも十一月二日~三日の報恩講には左右両余間に二幅ずつ掛けております。
「えとき布教」は『御絵伝』の解説を交えながらご法話をいたします。
私は二日目を担当致しました。
今回、私は二日目を担当致しました。『御絵伝』の第2幅目、『御伝鈔』では上巻第五段~八段、親鸞聖人が法然上人の門下で他力本願のみ教えをいただいていく三段と、晩年の門弟入西房のお話の一段です。
「えとき布教」は今年の報恩講で初めての事でしたが、11日に新門様がご法話の中で、ご紹介下ったこともあり、多くの方が参られました。
初めてのコンピューターを操作しながらの法話という事も有り、いささか為らず聞き苦しい話となってしまったのが悔やまれますが、今回の経験を今後の布教に活かしてまいりたく思います。
當光寺でも近いうちに「えとき布教」をおこなえたら、と考えております。
「えとき布教」の様子は築地別院のホームページで紹介されています。
築地別院アクセス
第25回京都本願寺団体参拝旅行ご報告
去る10月18日~19日に、昨年の1月以来およそ2年ぶりの京都団体参拝旅行に行ってまいりました。
今回は今年4月に10年の歳月をかけて大修復を終えたご本山の御影堂へ、修復後初めての参拝となりました。御影堂は重要文化財のため、原型通りにする修復ですので正面外観は「真新しくなりました」、といった印象は薄いですが、それでも内陣の補修された金箔や彩色は鮮やかな様は、建立当時の姿に思いを馳せさせます。また、御影堂は後ろ半分が防火の為、漆喰塗りになっており、ここも真白に塗りなおされました。御影堂の裏手にある、国宝「鴻の間」を含む書院には枯山水庭園「虎渓の庭」は御影堂の屋根を廬山に見せた借景となっており、漆喰の白さが美しさを際立たせています。
本山参拝後は、親鸞聖人の廟所である大谷本廟へ。今回は無量寿堂に3名の御門徒の分骨を納骨いたしました。この1週間前に大谷本廟における親鸞聖人750回大遠忌法要が勤修され、その後片付けの真最中でしたが、積み上がった資材の多さに、2年後の御本山の大遠忌法要の規模の大きさを想像させられます。
本廟参拝後は毎回のごとく、東山散策、四条の料理屋で夕食を頂きました。
2日目、朝6時よりのお晨朝(朝のおつとめ)の後、嵐山へ。今回は総代さんのリクエストで(もちろん私も行きたかったのですが)嵯峨野観光鉄道のトロッコ列車に乗りに行きました。この路線は元々、山陰本線の一部で複線化・電化で路線が変更になった際、本線から外れたのですが、保津峡の景色の素晴らしさから観光鉄道となりました。私が学生として京都にいた頃は、まだ現役の山陰本線で、何度か利用しましたが、だいたい寝ていたか酔っぱらっていたので、あまり記憶に残っていませんでした。
トロッコ列車は4両程の客車を後ろから機関車で推す、いわゆる推進運転(もちろん帰りは逆になります)のせいか、振動が激しくお世辞にも乗り心地は良くありませんでした。景色はまだ紅葉前でしたが保津峡のパノラマが楽しめました。
帰りは船で保津川下りです。これは全くの初めてだったのですが、実に素晴らしい観光でした。約1時間半の行程ですが保津峡の谷間をゆっくり下っていく行程は、日常から離れた、時間を過ごせました。料金はいささか高く感じましたが、これは大満足でした。
最後に京都駅でおみやげものを買って、新幹線に乗りました。帰路に着いた安心感から気が緩んだのか、座席でビールをひっくり返してしまいました。付近に座っていた皆さん、ご迷惑をおかけしました。
2009.10.19
本山出講ご報告

昨年12月11日~16日まで京都のご本山本願寺の常例布教に出講してまいりました。日頃の勉強不足を痛感すると共に、多くの事を学ばせていただき、良い経験となりました。
とりわけ印象深いのが初日の夜の法座で起こりました。法話をしておりますと突然大きなイビキがひびきわたりました。この日は念仏奉仕団の方々がいらしていたので、日中のご奉仕で疲れられたのかなと気にも留めませんでした。
何の気なしにイビキの聞こえた方を見ると一人のお同行の顔色が見る見る血の気を失い土気色に成って行きました。場は騒然となり、救急車が呼ばれ、病院へ運ばれていきました。後でそのお同行と一緒に来られていた方から聞いた話では、付けていたペースメーカーが不調になり不整脈を起こしたそうです。幸い搬送された病院で脈が整いその日の内に退院なさったそうです。
私自身、その方の様子を見て、随分慌てふためいてしまいました。落ち着いてから、ふと『聴聞の心得』を思い出しました。以下の三ヶ条がそれです。
一、この度のこのご縁は 初事と思うべし
一、この度のこのご縁は 我一人の為と思うべし
一、この度のこのご縁は 今生最後と思うべし
これは聞く側だけでなく、仏法をお取り次ぎ(浄土真宗では法話をすることを、こう言います)する側の心得でもあるのですが果たして、慣れで法話をしていなかったか、我が為のみ教えと聞いていたか、命を賭けた(それ以上の問題なのですが)お取り次ぎであったのか・・・、私は弛んでいるなと教えられました。
また、楽しい体験もありました。ラジオ法話の収録です。3分間きっちりの収録ですので、早すぎれば録り直し、つっかえては録り直し、挙句の果てに、腹の虫が鳴って・・・は、調整で消せるそうです。残念ながら東京では放送されませんでしたが、本願寺のWebラジオから聞くことができます。
アドレスはこちらです。
http://webradio.hongwanji.or.jp/
宜しければお聞きください。
他にも色々あったのですが、長くなりますので一先ずは、これにて。
2009.03.03
映画『おくりびと』を観てきました
過日、坊さん仲間に誘われて、『おくりびと』を観にいきました。アカデミー賞への出品が決まる前のことだったのですが誘われるまでこの映画のことを全く知らず、仲間から「これは知らなくちゃ」と指摘されました。
ご存知の方も多いでしょうが、この映画は遺体の装束を整え棺に納める「納棺師」の物語です。お葬式に出向くことの多い立場ですが、納棺に立ち会ったことは身内の事も含めてごくわずかしかありませんので納棺師の仕事についてほとんど知りませんでしたので、同じ死や死別の悲しみに立ち会う身としては、観るべき一本なのでしょう。
ストーリーは非常に起承転結のはっきりしたスタンダードな展開で、いささか御都合主義的なシーンもありますが、人の情が剥き出しになる死別の場を丁寧に描き、暖かい笑いと涙を誘いながらも、自ずと自分が死ぬ時・見送る時はどう有りたいかを考えさせられます。
また、出演者の演技も見事で、主演の本木雅弘の表情を抑えた演技(この人の場合何時もそうですが)は、見る側に感情を想像させる間を与えてくれます。また、エンドロールでカット割り無しでの見事な納棺の技術はこの映画に対する真剣さを感じさせてくれます。
何より素晴らしいのは、人の死の上に成り立つ仕事に挫けた主人公が山崎勉演じる納棺の会社々長と食事をするシーン。目の前にある食べ物を指して「これだって死体だ。どうせ食べるなら旨いほうがいい。」そしてフグの白子を頬張りながら「残念ながら旨い」。うまく言い表せませんが日本画家高山辰雄の「食べる」(右図参照)と同じ、生きることの根っこを浮き彫りにされる思いでした。
駄文で申し訳ありませんが、とにかくオススメです。まあ観て下さい。2008.10.30
韓国の花まつり
5月11日~13日まで韓国の花まつり(お釈迦様の誕生日)に行ってきました。
事の起こりは4月中頃、とあるお寺で副住職をしている友人がNHKで放送していた五木寛之氏の『21世紀 仏教への旅』朝鮮半島編を見て感銘を受けたらしく、「韓国の花まつりは5月だから行こう。」と誘ってきたのです。日本では花まつりは4月8日ですが、韓国では旧暦の4月8日におこなわれます。
本堂等修復工事の関係で寺に引き籠り気味だったので、二つ返事で行くことにしました。日程・行程はその友人が請け負ってくれたのですが、「韓国だから日帰りでいいでしょう。」と言い出しました。彼はサッカー観戦弾丸ツアー経験者だったのです。結局、協議の結果11日夜発の2泊2日の行程となり、メンバーも1人増えて3人での道中となりました。
ところで旧暦と書きましたが、当然太陽暦にあてると毎年変わります。今年は5月12日で、この日より10日前からソウル市内の曹渓寺を中心に、様々な行事が行われています。
恐ろしいことに出発間際まで今年は何日かをだれも確認していませんでした。「10日間もあるんだから、何かやっているだろう」といった感覚だったのですが、運よく花まつり当日にいくことができました。因みに韓国では旧暦の4月8日は祝日になっています。これはクリスマスが祝日になっていて、一つの宗教だけを特別扱いにしないために花まつりも祝日なのだそうです。
11日夕方、やたら寂しい羽田空港の国際線ターミナルから一路ソウルへ。ホテルへ向かう車窓から街道沿いに吊るされた花まつりを祝う提灯が目に入ります。誕生仏の描かれたものから、一昔前のビアガーデンにあったようなものまで様々な提灯が町を彩ります。韓国の花まつりは入りの日から2日間「燃灯祝祭」という行事が行われ、提灯行列やねぶたのような山車も出てくるそうです。
これは推測ですが、故事にお釈迦様に明かりを供養する話があり、そこから生まれた行事なのかもしれません。ホテルにチェックインしたのは21時過ぎでした。放火で焼けてしまった南大門の近くだったので、どうなっているのか見に行きましたが、南大門の写真がプリントされたパネルに覆われていました。後で知ったのですが、焼け残った所は解体され余所に保管され修復の準備をしているそうです。市場の中を通って帰り、なぜか途中の屋台でマッコリを飲んでいました。
翌朝、いささかアルコールの残った体を引きずって2キロほどの道のりを曹渓寺へ。祝日とあって人通りもまばらですが、曹渓寺に近づくにつれて人が増えてきます。参門近くになると大賑わいとなり、若い信徒の方が賽銭箱を持っていてお布施をするとリボンやお経本をくれます。山門をくぐると天幕の様に提灯がビッシリ張り巡らされていて、何かの絵柄になっているようです。

奥に進むと日本のそれと同じ様子の花御堂とお釈迦様の誕生仏がご安置され、灌仏が行われていました。私もと思ったのですが、あまりの長蛇の列にひるんでしまい、10時からの法要にも間に合いそうになかったので断念しました(法要後にお参りできました)。
本堂前の境内では法要にお参りする人で満杯になっていました。韓国の民俗音楽が奏でられ人々が歌い始めます。どうやらこちらの仏教讃歌のようです。僧侶と政界・財界のビップらしい人の献花と続き、般若心経のお勤めが始まりました。浄土真宗で般若心経は読みませんが、私は高校が曹洞宗の宗門校だったので多少の心得があります。ですがリズムや発音がまるで違います。黙って聞いていれば確かに般若心経なのですが、一緒に読むことは出来ませんでした。
その後、法話や表彰式(韓国語が解らないので推測)があり、最後に仏教讃歌で2時間ほどの法要は終わりました。驚いたのは、法要の終了と共に僧侶・信徒共に拍手が始り、割れんばかりでした。花まつり皆で勤め上げたという熱気が伝わってきて、意外なところで感動してしまいました。
法要後、人の流れにまかせて境内をうろついていると案内所を見つけました。日本語のパンフレットが幾つかあったので頂戴してきました。
曹渓寺は禅宗でパンフレットにはこの様に書かれていました。
禅とは、この「ただひたすら知らないだけ」という心をいつでも、そしてどこでも留めることです。宗派は違い手立ては違えど、仏教の教えは同じところにあります。 自己の無智を深く見据えていくこと。2008.5.14

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